白玉山は海抜が130メートルで、昔は"西官山"と呼ばれました、清の大臣李鴻章が旅順口軍港を視察した時、正面の黄金山を見て、「黄金」があれば、「白玉」が合うと言われました、その後『白玉山』と呼ぶようになりました。山頂には塔があり、日露戦争後、東郷平八郎と乃木希典の共同提案で造った「表忠塔」です。1907年6月から着工し、1909年11月に完成しました。塔の高さが66.8メートルで、内部には24階の旋転階段があり、21個の窓を設けています。塔の基盤に使った石は山口県徳山から運んできた花崗岩です。現在の名前が『白玉山塔』と呼ばれています。山を曲がりくねった南北2本の道路があり、また、山の東坡側に、山頂に直行する496級のセメント石段が1本あります。南麓側には、山頂に直行する空中ロープウエーもあり、山頂で旅順軍港及び市街区の風景を一望できます。
山頂には白玉山塔以外、海軍兵器展示館もあり、展示面積が2000平米あります。また、白玉山南道中腹に古砲があり、これが1881年、清朝がドイツより購入したカノン砲で、日俄戦争中で、ロシア軍隊は旅順口の要塞の防御を固めるため、この大砲を西鶏冠山の砲台から、老鉄山頂まで運んでいましたが、戦争終結後、また白玉山に置かれました。