中山広場は市の中心部で、1899年に建てられた。最初はロシア人サハロフによって設計された。ロシア二世の名前で、ニコライフスカヤ広場と呼ばれた。日露戦争後、大広場と改名、中華人民共和国成立後、孫文(孫中山)先生記念の意味で、中山広場と名づけられた。
1920年代から、ここを中心に大和ホテルと横浜正金銀行など近代風の建物ができ、綺麗な放射状街路も造られた、奥町、敷島町、山縣通り、東公園町、薩摩町、播磨町、越後町、西通り、駿河町、大山通り等の名前があった。建物には中国銀行大連分行(現・中信実業銀行大連市分行)、大連市役所(現・中国工商銀行) 、大連ヤマトホテル(現・大連賓館)、大連警察署(現・遼寧省対外貿易経済合作庁)、朝鮮銀行大連支店(現・中国人民銀行大連市分行)、関東逓信局(現・大連市郵政局)、横浜正金銀行大連支店(現・中国銀行遼寧省分行)がある。
現在、古い建物の後ろに高層ビルが増えたが、古い建物は文化財として保存されている、夕方ではライトアップされ、ますます異国の雰囲気を感じる。